れーこの叫び
悲しい時?

悲しい時~~~~~~

・・・・・・・・・・・ないのかれーこ
イヤイヤ常人並みに喜怒哀楽くらいあるはず(^^ゞ

哀しい時~~~~~~~~~~
・・・・・・・・・・・やはりないのかれーこ
・・・・・・・・・・・


どーもいつもの如く 忘れたようでございます
また、あまり悲しいという感情が
働かないのも事実のようです
例えば、よくあるソコツは内心自分でもあきれつつ
表面上は笑ってごまかすしかありません
いちいち悲しんでいても 
私のソコツは寄せては返す波の如く襲ってくるもんですから
とにかくそれに対応していくしかないのです。
そして対応しきった時残る感情は
「ああ、えらい(名古屋弁でああ、疲れたの意)」
ほうけています、無です、空です。

う==ん、なんて哲学的、ホントかれーこ

ひとつここは じゅんじの事例に
れーこをあてはめ検証してみましょう


はっさく事件
じゅんじさんははっさくに限らず
果物ではスカをとることが多いのであるが、
またしてもスカのはっさくをテイクしてしまったじゅんじさん
れーこだったらどうするか

食べない!
あたりまえだ
どうして苦いはっさくを食べないかんのだ
腐っていて腹を壊したらどうするのだ
鉄壁の腹を誇るれーこじゃないのに
どうして馬鹿正直に食べるのだ、砂糖をかけてまで
人間の本能として苦いものは毒、
酸いものは腐っている物としての記憶があって
子どもはだいたいそうしたものが嫌いなんだそうだ。
そうした本能はないのか、
よっぱどもったいないお化けが怖いのか、

とにかく私はもし運悪くそれをとっても
一口食べて苦いなら食べない、二口目も苦いのなら
その時点でそのはっさくは廃棄、
そして躊躇なく次のはっさくに手を伸ばす
次もスカならどうするか、
当たりまで食べ続けスカ割合が多いなら買った店に文句を言う
この時点で持つ感情は「哀」より「怒」である。
せっかく忙しい合間に 買って自転車でウンこらせと
運んだ時間と労働力とお金が無駄になるということじゃないか
しかし誤解してもらっては困るが半分まではあきらめる
農作物だからしかたないかなあと、
でも半分以上は店の仕入れの目利きがなってない

まあそういうわけで、私は甘いはっさくに当たるまで
食べるのである
別に2個食べても怒りゃあしないのに変なの


牛カレー事件

ああ、確かに私は牛カレーを机にドンと置き
無邪気に「どーやって食べるの」と聞く夫に
思いっきり眉間にしわを寄せ
「すきにたべやあ、いいじゃん!!!!」といいましたあ!

これをれーこだったらと考えてもいいが
まず、こんなことれーこは聞かない
でも聞いたとしよう
そして「好きに食べやあいいじゃん」を聞いた
そしたら「そらそうだ」

そもそもなぜ夕飯なのにできあいを買ったか

死ぬほど疲れていたからである。
月末バイトを終え
からの冷蔵庫を埋めるため98均一で山のような買い物を済ます
時間もないし、料理を作る気力もない
ないないづくしでなんとか 餌を家に持ち帰り放心状態である
そこへ能天気な顔で「どうたべればいいの?」
切れてもいいでしょう
ムスコでさえ、もうがっついて食べている
さらに私がこう食べるんだよと言ったところで
私はカレーを崩さない派、じゅんじさんはまぜこぜ派
絶対に近い確率で そうじゃないと
反論するだろうし

・・・・ああ、もう
ホントに好きに食べればいいじゃん
私はあんたのお母さんじゃない
と、某R嬢こぼしましたら 河合家のお母さんじゃないのといわれた
河合家なんてごたいそうなもんはないのだけどなあ
じゃあ、お父さんはどこよと 私は虚しかった
ほとんどを仕切っていくのはしんどいから
牛カレーの食べ方くらい自分で考えてくれ


「ため息」事件

先月の叫びで私はもう書いたから多くは書かないが
じゅんじさんはよほど悲しかったらしい
でもじゅんじの言う
「自分から掃除すると言ったから やりたくないと思うはずがない」
のにはちょいと うなずけない

「そんなのわかんないじゃないか」
最初はする気でも
『ああ、めんどくせーな、もう、
でもここでやんないまた、叫びで書かれて
何もしないダンナに思われてもやだし!』
と、思うかもしれない
ひねくれすぎかなあ
また「はあ~~」の息が1回じゃなく
何回も聞いてるのだもの
去年までは私がどんなにえらそうでも(しんどそうでも)
テレビを見てたしね
元々心証はわるいのである
事実と違うのに悪くとられると言うが
事実は映像のように見えません
元から、分は悪いのである。
どんなとられ方されてもそれぞれの人の勝手だと思うけど
まあ私の取りようが ヒネているのでしょう
つまりはほめてほしかったのでしょう
でも私一番苦手が ほめることなんだよね
子どもの事でも一番苦労するのよね
かわいくないよねえ
あ、これはちょっと悲しいかな

やっと 「悲しい時~」にいきついた
れーこはよほど強靭な神経なのだろうか
とあるところでは「れーこ様キャラ」にされているしなあ、
かなわないなあ


いやいや、れーこでも誰でも
してほしいことなど 言えるはずもなく
してほしいことが 上手く言葉にできるはずもなく
アラフォー女は どうにもならないことは多すぎて
悲しすぎて 虚しくなるのである
それでも 日常を笑っていくのである
気持ちのいい女ほどそうだ



それにしても なぜじゅんじさんと同じ事象で
こんなに感じ方が違うのだ
ふつふつと考えてみて気づいた
私ははっさくにしても 牛カレーにしても 掃除にしても
自分で買ってきているし 掃除を仕切っている側である
なので なにかあったら悲しいより 
アフターフォローの方へ考えが働き悲しむ暇がない
そのあと理不尽だと思えば 腹が立つ
怒りの方へエネルギーは働くのである

つまり いちいち小さな事で悲しんでいるということは
暇なんだよ、じゅんじ
与えられたものが ハズレだたら悲しいのだよ

さてと、もう春だし 動き出すのだ・じゅんじ



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