れーこの叫び
ボヤキと叫びのバックナンバーから
名作をまとめて 本にしました
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ムスメのお受験

ムスメがお受験真っ最中、本番である
日頃大口を叩いているが私と一緒で
ビビリのムスメは会場へいくとあがるらしい

今日も数学ができなかっただの
計算ができないだの
夜中の愚痴は尽きることはない
それを受けるれーこはどうかというと
自分の思考の方がムスメの受験より大きいウェイトを占めているから
フンフンと聞くふりをしながら
自分の愚痴をこぼしてはムスメにナデナデされるという
およそ威厳ある親ではないことになっている
実際、実家の用事で
およそ今までの知識とは無縁のことに
立ち向かっているれーこは
ムスメのチャレンジする姿で何とか気力を保ったところがある
だから戦友的な気分満喫だ


グッタリヌッタリ、こたつで二匹のトドと化しながら
内緒でアイスを2ほんたべてしまうとか
(アイス1日1本戒厳令をレーコが敷いているため)
ささやかな幸せを追求しているといやされる
のほほんムスメでよかった


私は子どもが受験でもそう関心を示さないだろうと思っていた
だって子どもと自分は違うし
わたしがやきもきしても子どもの代わりに試験を受けれるわけもない
現実にもがみがみうるさく言った覚えはないし
身も細るように心配はしていない
でも春から目標を定めて努力したムスメの姿を鑑みれば
その努力が報われるよう祈るばかりだ
すまんねえ、記憶力がないのは私に似たんだねえ
せめて親としては好きな道を行けるようどんな学部でも賛成するだけだ
それでもお金はないから大部分を奨学金という借金を背負う事になるが
それでもその進路に行けると言う事でムスメは嬉しそうだ
好きな事が職に結び付くことは難しいけれどその道に行かなきゃ始まらないしねえ


というのもれーこは歴史や民俗学や社会学を学びたかったけれど
親は女には保育か家政学部しか頭になく
相当ストレスをかかえて紆余曲折を経てもその学部へは行けなかった
今でもお金と時間と頭に余裕があればそれを学びに大学に行きたいし

その思いだけはこどもにはさせないぞと思っていた

このごろ実家からの諸事情で
名古屋へ帰って来いという誘いもあるが





せめてムスメが成人式で私が着物を着せるまで、
せめてムスコが落ち着くまで、
せめてムスメが大学卒業の袴を私が着せるまで
そこまで一緒にいたいなあ、と思う





こんな風に何かに執着いう感情は薄情な私には初めてで
18年かけて繋がったのかと感じることしきり
良く淳二さんが定期健診に行けとか
体のことを気遣えと言うので
「死ぬのはころっと死にたいから医者には行きたくない」
(この発言をするので私は破滅願望といわれる、そうかな)
というとじゅんじさんが
「あとはどーすんだ、困るじゃないか」というので
どーにかしていくでしょうよと答えていた
困ったって死んだあとまで面倒見きれないわよ、
生きてるうちだって途中返品があるじゃないよと
今でもその考えにあまり変わりはないけれど
子どもとは一緒にいたくなってきた
私が子どもたちにかかわるというより
子どもたちを見ていたいという欲が出た

まえはそれは相手を縛るようで
とても嫌だったのだけれど
この感情は悪くない
それが子どもたちがくれた誕プレかもしれない


ダンナは?という声が聞こえてkきそうだが
ダンナは他人だから日々変わる
今日はどうでもいいかもしれないし
明日は違うかもしれない
そんなのわからない

じゅんじさんが悪いことはよく覚えてて
いいことだってあるのにそれを覚えていないインチキだと、いうが
悪いことといいことが相殺されるわけではないし
そもそも貯蓄されるわけないじゃないか
今この時に対してどうするかが問われるだけで
前どうしたこうしたを、持ちだすな
そう思うと
親子と夫婦は違うのだろうか
血縁と他人の違いだろうか
私が薄情なのだろうか
う~~~ん、深いなあ


そう思っていたら今日は私の誕生日
あげ膳据え膳で全部じゅんじさんが家事をしてくれた
うんうん、これはいまの良いことだよね、感謝多謝
わたしのこの不穏不遜な考えをうっすらと感じているのかしら



ああ、話が脱線した





そんな私のムスメは農学部志向
バイオがやりたいそうな
生物の受験範囲の話を聞くと
もうれーこの聞きかじりでは追いつけない知識があり
完全敗北の白旗を出す
ソンケーしちゃうな
また私の雑学が増えるに違いない
自分のムスメらしい選択だ

では
連日頭の使い過ぎで頭が燃えそうだとか擦り切れるというムスメに
がんばった受験生みんなに

サクラサキますように




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